幻のレコード - www.78rpm.net

column

Great Pianists of the past

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Anton Rubinstein
Anton Rubinstein
(1829-1894)
ベートーヴェンに生き写しといわれた。


Teresa Carreño
Teresa Carreño
(1853-1917)
ベネズエラ生まれの伝説的女流ピアニスト。気性が激しく、何度目かの夫は大ピアニストの E・ダルベールだった。


Alfred Reisenauer
Alfred Reisenauer
(1863-1917)
米エヴェレット社ピアノの宣伝広告。アル中で太りすぎだった。


Raoul Pugno
Raoul Pugno
(1852-1914)
ショパンの孫弟子。誰もプーニョの様なショパンを弾くことは出来ない。



左の写真は、ウラディミール・ド・パハマン演奏によるモーツァルト「ロンド イ短調 K.511」。帝政ロシア時代のオデッサで1905年頃録音され、知られざるレーベル「サクラフォン®」からリリースされた大変貴重なSPレコードである。 ...というのは真っ赤な嘘です。パハマンのビロード・タッチでモーツァルトの名曲を聴いてみたかった!そんな気持ちから、贋作をデザインしてみました。いたずらですので、皆さんお許しを。(追記:ある有名レーベルのプロデューサーから「このレコードはどこの録音か?という問い合わせが来た。もちろん、そんなレコードは無いと知ってのことである。)


幻のレコードかのハロルド・C・ショーンバーグ氏は「ピアノ音楽の巨匠たち」の序文で、「コレクターの間で、フランツ・リストの蝋管録音が存在するという噂が時折噂される。」と語っている。こんなデマがまことしやかに囁かれるのも、発明王トーマス・エジソンが蝋管蓄音機を発明したのが、まだリスト存命中の1877年だった事が一因であろう。しかし実際の所、大手スポンサーがついていた電球を完成させる為、まだ開発途中の蝋管蓄音機を、エジソンは10年ほど放置した。
たしかに電球の発明の方が、ランプや蝋燭の火で生活していた人々の役に立ったと考えやすい。しかし、その間にフランツ・リストやルビンステイン兄弟など、多くの伝説的はピアニスト達はレコーディングする事なく死んでしまったのである。この後、エジソンはレコード会社を設立し一世を風靡するが、1877年の時点ではさすがの発明王もレコード・ビジネスの発展や、後世に大芸術家達の「録音という証拠」を残すという意義について、気が付いていなかったのだろうか。やはり、万事了解した上で大金を選んだと考える方が妥当だろう。それも守銭奴で有名なエジソンだから致し方ない事だが、フランツ・リストによる「メフィスト・ワルツ」や、アントン・ルビンステインによる「ピアノ協奏曲ニ短調からの抜粋」なんて録音があったら、どれだけ素晴らしかっただろう。たとえそれが、壮絶なノイズの中から聴こえてくる微かなピアノの音だったとしても。

リストやルビンステインは間に合わなかったが、十分に録音のチャンスがあったピアニスト達の知られざるレコードは、何処かで誰かがコッソリ棚の隅に隠し持っているかも知れないではないのか。そんな可能性を想像するのもレコード道楽の醍醐味だと思っている。
例えば、アントン・ルビンステインとジョルジュ・マチアスの弟子で「ピアノのワルキューレ」と称されたテレサ・カレーニョ [ Teresa Carreño ](1853-1917)のゴットシャルク「ブラジル国家による幻想曲」や、レシェティツキの何番目かの妻でプロコフィエフやパデレフスキも教えたアネッテ・エシポフ [ Annette Essipova ](1851-1914)のブラームス「間奏曲 作品117-2」など、そんなレコードがあったらどうだろう。カレーニョの圧倒的なパワーとテクニック、エシポフの繊細で詩的な音が綾なすアルペジォ。二人ともピアノ・ロールを残しているだけに、少しは現実味を帯びてるのではないか。
リストの弟子の中でも、ピアノ・ロールのみを残した魅力的なピアニストが沢山いる。たとえば、ロシア・ツアーでウォッカを飲み過ぎて死んだアルフレート・ライゼナウアー [ Alfred Reisenauer ](1863-1907)の、ショパン「子守歌」、シューマン「謝肉祭」全曲、リストの「ハンガリア狂詩曲」などはLP・CDなどで復刻されているが、残念ながらピアノ・ロールではその凄さはあまり伝わってこない。スケールの大きな作品を得意としたライゼナウアーのベートーヴェン「ハンマークラヴィア・ソナタ」なんてSPレコードがあったら...あの巨大な体躯が繰り出すフーガはさぞ荘厳で圧巻だったろう。収録時間に大きな制約のあるSP時代には、大曲であるソナタ録音の種類が極めて乏しい。ライゼナウアーのレコードがあったら、大きな慰めになっただろう。

もっと沢山のSP録音を残して欲しかったピアニストは更に数多い。こちらもフランスの巨漢ピアニスト最右翼、ラウォール・プーニョ [ Raoul Pugno ](1852-1914)は、幸いにも1903年に数枚のレコードを残している。そこで聴かれるショパンやリストの馥郁たるピアニズムは、現代のピアニストしか耳にした事のない人には、想像もつかない次元の演奏芸術である。これら唯一無二の芸術的境地を誇るピアニストに、フランス生まれのフランシス・プランテ [ Francois Planté ](1839-1934)、同じくルイ・ディエメ [ Louis Diemer ](1843-1919)、ロシアのウラディミール・ド・パハマン [ Vladimir de Pachmann ](1848-1933)、ポーランドのアレキサンドル・ミハウォフスキ [ Aleksander Michalowski ](1851-1938)などが挙げられる。彼らの「桁違いの凄さ」も、数少ないながらレコードで聴くことが出来る。彼ら4人による「ショパン全集」が残されていたら、ショパン演奏の金字塔となっていた事だろう。プーニョのエチュードとポロネーズとタランテラ、プランテの協奏曲と前奏曲、ディエメのワルツとスケルツォ、パハマンの夜想曲とマズルカと子守歌、ミハウォフスキのバラードとソナタと即興曲なんて、想像しただけでも目が眩む。
逆に、敷居が高くなってショパン演奏家が育たなくなってしまっただろうから、ショパン音楽にとっては良かったのかも知れない。残念ながら彼らのようなショパン演奏家は、今後育つ見込みはないと思う。というのも、あのような演奏法はどこかの時点で伝言ゲームのように完全に見失われ、伝えるすべを持っているピアニストが現存していないからである。要するに絶滅したのだ。

レコードは私たちのもっている資料以上に、様々な時代や場所で沢山のピアニスト達によって残されている。地方の小さな会社で録音された知られざるレコード。 熱心に探していると、そんな思いも寄らないSPレコードに巡り会うことが稀にある。この一瞬の為に、あちこち漁りまくるハメになるのだけれど。




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