ドビュッシーのピアノ - www.78rpm.net

column

Great Pianists of the past

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Mary Garden
メリー・ガーデンのメリザンド
(1874-1967)



pierian-CD Debussy
Composers at the Piano
(Pierian 0001)
自作自演によるピアノロールと78rpmを纏めて聞くことが出来るCD



Alphonse Mucha
ミュシャによるサラのポスター
Alphonse Mucha
(1860-1939)



メリエスの無声映画
メリエスの無声映画
Georges Melies



Ricardo Vines
Ricardo Viñes
(1875-1943)
スペインの大ピアニスト。当時の作曲家から絶大なる信頼を得て、多くの初演を行っている。



チャイコフスキーのパトロンとして有名なフォン・メック夫人宅でピアノの家庭教師だった事のあるドビュッシーのピアニストとしての腕前は、その作曲家としてのオリジナリティにも似て非凡なものだった。メック夫人は若いドビュッシーを「うちの小さなパリ人」と呼んで、可愛がったという。


Claude Debussyドビュッシーのショパン演奏を聴いたことのある者たちは、ハンマーを意識させない程のビロード・タッチと、溢れ出る泉のようなその響きを生涯忘れることが無かったという。それもそのはず、ドビュッシーはショパンの弟子であったフレーヴィル夫人にピアノを習っている。ドビュッシーの才能が、この夫人からショパン演奏の秘密を多く吸収していた事は容易に想像されるのである。
確かにドビュッシーのショパン演奏なんて想像しただけでも目も眩むような話だが、残念ながら後世の我々には夢想する以外に忍ぶ手段は残されていない。しかしながら、ドビュッシーは1904年に仏G&T10インチ盤6面に、ピアノ演奏をしっかりと残している。このレコードは歌劇『ペレアスとメリザンド』でメリザンド役を初演したスコットランド生まれのアメリカ人歌手・Mary Garden(メリー・ガーデン:1874-1967)を迎え、自作歌曲の伴奏者としてドビュシーが演奏しているのである。(この他に、ユリア・クルプのレコード「星月夜」のピアノ伴奏がドビュッシーと昔は信じられていたようだが、これはクレジット間違いで、伴奏者はコンラッド・ヴァン・ボスである事が判明している。なんとも言えないエピソードだ。)

Acoustic G&Ts, recorded London, 1904 -10inch discs
33447:	Mes longs cheveux from "Pelleas et Melisande"
33448:	Ariette No.1 - C'est l'extase (*)
33449:	Ariette No.5 - Green
33450:	Ariette No.3 - L'ombre des arbres
33451:	Ariette No.4 - Paysage belges (*)
33452:	Ariette No.2 - Il pleure dans mon coeur
(all accompanying Mary Garden 1874-1967, soprano)



現在、この録音のうち4面は色々な種類のCDで入手は容易 (*は未復刻。今だに音源は発見されていない様子)だが、初期G&T録音によくみられるワウ・フラッターで非常に聴き辛い。またピアノの音量も主役が歌のためかなり控えめだが、例えば「Green」や「Il pleure dans mon coeur」等のアリエッタのイントロでは紛れもなくドビュッシーの奏でるピアノを楽しむことが出来る。私はこのレコードの骨董的価値などを無しにしても、純粋に「音」としてそのノイズまでを美しいと思っている。
一般にドビュッシーの音楽はフランス印象派画家・モネなどを引き合いに出される場合が多いが、このレコードにおけるドビュッシーは全く違った一面を見せている。モネの描く「睡蓮」の様に、淡く・清く・儚いイメージではなく、おどろおどろしい怪奇幻想をも連想させる。おそらく陰鬱に響くメリー・ガーデンの声にも原因はあるが、歌曲の作曲におけるドビュッシーの和声感覚がそうさせるのではなかろうか。ミュシャ(メリー・ガーデンは、まるでミュシャの絵から抜け出た様だ)、ロートレック、ガレ、またはビアズリーの幻想、クリムトなどのウィーン世紀末派の退廃美を強く感じさせる。まさに、映画界のジョルジュ・メリエスや小説家のテオフィール・ゴーティエ、アール・ヌーヴォーのミューズ・女優のサラ・ベルナール、写真家のアジェなどが活躍したあの妖しい19世紀末から第一次大戦までのベル・エポック、輝かしくどこか淫靡な匂いを、1904年のレコードは当時そのままの、音のドキュメンタリーとして記憶しているのだ。

惜しまれるのは、ドビュッシーの自作自演によるピアノ・ソロが「レコード録音」されていない事だ。というのも、1913年ウェルテ・ミニヨンのピアノ・ロールには、「子供の情景」全曲や「前奏曲第一集」、「レントよりおそく」、「グラナダの夕べ」など、相当量が残されている。また、PleyelaやArtechoといったレーベルにも若干数ロールを残している。おそらくドビュッシーはノイズの酷いアコースティック録音を嫌い、ピアノ・ロールを自分のピアノ演奏の記録手段として選んだのであろう。これは後世の人間からしてみると、非常に残念な選択だったとしか言い様がなく、このロール群を色々な復刻で聴いてみたものの、どの部分からドビュシーのピアノ演奏をイメージすれば良いのか皆目見当もつかなかった。それは、極めて繊細なタッチや微妙なニュアンスを特徴としていたドビュッシーのピアニズムは、まさにピアノ・ロールが記録・再現のどちらをも苦手としている分野だったからにほかならない。
しかし、実際はアコースティク録音もドビュッシー音楽のもつダイナミズムや透明感を捉えるには実力不足で、ドビュッシーと同世代ピアニストでリストの高弟・Eugen d'Albert の「雨の庭」(独POLYDOR)や、レシェティツキ派のMark Hambourgの「レントより遅く」「ダンス」「牧神の午後への前奏曲」(英HMV)、Alfred Grünfeldの「ゴリウォグのケークウォーク」(Gramophone Monarch)、Irene Scharrerの「アラベスク」などを聴いても、どうもしっくりこない。ドビュッシーのピアノ音楽の本格的なレコードは、Ricardo Viñes、Marguerite Long、Lucien Würmser、Marius-François Gaillard、Denise Molié、Elie Robert Schmitz、Marcel Ciampi、Walter Gieseking、Janine Weil、Magda Tagliaferro、Robert & Gaby Casadesus、Jean Doyen、Jaqueline Blancard、Marie-Thérèse Fourneau といったピアニスト達の電気録音を待たなければならなかった。こう並べ挙げてみると、リカルド・ヴィニエスやワルター・ギーゼキングの大きな例外を除き、殆どがフランス人ピアニストによるものであるのは非常に象徴的だ。フランス・エスプリの神髄と云った事なのだろう。しみじみ思うが、フランチ・ピアニズムは深いのである。

ボサノヴァの生みの親でもあるブラジルの大作曲家アントニオ・カルロス・ジョビンは、和声の面でドビュッシーへの傾倒を打ち明けている。自ら「若い頃はドビュッシーの生まれ変わりだと信じていた」と語った坂本龍一氏は、ブラジリアン音楽を通して更にアントニオ・カルロス・ジョビンの血も受け継いだと言える。ブラジリアン・ギタリストの第一人者バーデン・パウエルは、フランスの音楽家ピエール・バルーと邂逅し、サウダージをフランスに伝えた。音楽は政治を横目に、軽々と国境を越えて生き続ける。




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