失われたレコードを求めて - www.78rpm.net

column

Great Pianists of the past

TOP > Recordings > 失われたレコードを求めて























Bernhard StavenhagenBernhard Stavenhagen

Erwin Nyiregyhazi 1920'sErwin Nyiregyhazi 1920's

Vladimir de PachmannVladimir de Pachmann

SPレコード文献を集めてみると、未発表録音やプライヴェート録音の多さに驚く。しかし、それらの多くは事情があって復刻されていない事が多い。それら一つ一つにも、知られざるエピソードがあるのだ。


Siloti & Tchaikovsky録音されながら失われてしまった78rpmレコードがある。それは戦争で破壊され記録資料の中に永遠に封印されてしまったか、もしくは生き延びてどこかのレコード棚の中に今でもひっそりと眠っているかもしれない。これらはいつの日か発見・発表され、CD復刻によって容易に聴くことが出来るようになるかもしれない。

リストの弟子でラフマニノフの親戚でもあったロシア生まれのAlexander Siloti (1863-1945) はアメリカの大手レコード会社(Brunswick?)で一枚テスト・プレスを残したが、これは発売に至らず IPAM もこのコピーを持っていない。しかし Siloti はこの他にもアセテート盤に20分ほどプライヴェート録音を残しており、英国Pearl のCDにその一部分が復刻されている。この復刻された部分は一曲丸ごと演奏された物ではなく、アレンスキー、ラフマニノフ、リストといった曲の断片が試し弾きされたもので、Siloti のピアノの音が聴けるというに過ぎない。写真(上)はチャイコフスキーとジロティの写真である。一説ではこの二人は恋愛関係にあったと云う事だ。(追記:ジロティのお孫さんに当たる Mary Alberta Siloti による素晴らしい演奏が公開された。演奏内容もプログラムも、まさにジロティ譲りの正統派ロシアピアニズムである。2012年)

1903年、同じくリストの弟子・Bernhard Stavenhagen (1862-1914) が仏Pathé のエッチング・レーベルのカタログNo.3というレコードにショパンの「夜想曲作品27-2」を残している事はコレクターの間では周知の事実だ。Stavenhagen はリストお気に入り弟子の一人で、リスト臨終の際にも、傍らで見取った一人として記録されているが、弟子の中で最も優雅なピアニストだったらしい。この幻のパテ78rpmレコードはテスト・プレスとしてではなく恐らく一般発売されたはずもので、どこかに所有しているコレクターがいても不思議ではないのだが、現在のところ唯一確認されているのはオーストラリアのコレクターが保存する再生不可能とされる壊れた盤のみである。実に残念なエピソードだが、このレコードは鉢植えのコースターとして使われていた所を発見されたらしい!

精神分析学会でも神童として研究対象とされ、青年になってからリストの生まれ変わりという観念に取りつかれたハンガリア生まれの異端ピアニスト Erwin Nyiregyhazi (1903-1985) は、早い時期にコンサート・ピアニストとして成功を収めながら、人間関係のトラブルと浮世離れした人間性で1973年に IPA に再発見されるまでは、スラム街で30年以上生活を送っていたという伝説的ピアニスト。晩年の演奏を聴いても解るように、ショパンのマズルカを演奏してもまるでリストのソナタを聴いてるような錯覚に陥る。これだけ個性の強いピアニストはそうざらにはいない。Nyiregyhazi の現存する最古の録音は、数本の Ampico ピアノ・ロールと、1930年代にロスでプラヴェートに録音された MacPherson というマイナー作曲家の「Deserted Garden」(管弦楽伴奏)であるが、1920年代には米Brunswick でテスト・プレスの78rpmを一枚作っている。曲目はリストの「エステ荘の噴水」で、たしか有力者が自分のお気に入りの女優に送るために作らせたらしい。案の定、このレコードは失われてしまい、どこにあるのか誰も知らない。全くこういうのを猫に小判というのであろう。

さて、最後にはやはりハッピー・エンドをひとつ。最近、Arbiter より Vladimir de Pachmann (1848-1933) のCDが2枚復刻された。どちらもこのピアノ演奏史上最高のショパン弾きの貴重な未発表録音が含まれている。なかでも、ショパン「別れの曲」「練習曲作品10-1」「練習曲作品25-2」「前奏曲作品28-20」「バラード作品47(前半)」、リスト「マズルカ・ブリリアント」は、いままで聴く事のかなわなかったレパートリーだ。あらえびす氏の著書にもあるように、Pachmann にはショパンの全曲を録音しておいて欲しかった。特に「夜想曲集」を Pachmann で全曲聴いてみたかったと思うのは、私だけでは無いだろう。このCDのライナーによると、これらのテスト・プレスのオリジナル・ディスクは、所有者が亡くなった後、遺族によってフリー・マーケットに出され、その後の所在が解らないそうだ。このCD収録の音源は、1950年代に蓄音機で再生したものをハンドヘルド・マイクで録音したものだそうで、日の目を見たことはまったくの幸運としか言い様がない。

Pachmann の未発表録音にはこの他にもショパン「幻想即興曲」がある。ビロード・タッチで知られる Pachmann は、人口に膾炙したこの曲をどの様に演奏したのであろう。私はこの情報をレオ・シロタの弟子で日本のピアノ演史に足跡を残した豊増昇氏のご子息であり、ピアノ・レコード研究家の第一人者でもある豊増翼氏より頂いた。私が高校生の頃、飯田橋にあった「ライエルマン」というレコード専門店で、豊増氏を店主から紹介して頂いた事が知己を得たきっかけであった。当時の私は78rpmレコード収集を始めたばかりで、非常識にもご多忙な豊増氏にいろいろとレコードを録音していただく約束を取り付けてしまった。今、思い出しても顔から火が出そうである。更に調子に乗った私は、電話で催促までしてしまい、当たり前だが豊増氏にウンザリされてしまった。
その後、非礼を後悔しつつテープを諦めていた頃に、豊増氏から頭に怪我を負ってしまった事、その為、逆に時間的にレコードを聴く時間が増えたのでテープ録音を近々お送りできる、という旨の丁寧なおハガキを頂いた。そして、間を置かずカセットテープとワープロで纏められた数名分のピアニストの Discography が同封された郵便が届いた。その Discography に「幻想即興曲」がリストアップされていたのである。私の非礼にも拘わらず、テープや資料を送っていただいた事に大変感動し、お礼をしようと思っている矢先、豊増氏の訃報を知ったのである。お礼をキチンと伝えられなかった事が、今でも心残りで仕方なかったので、この場を借りて遅れに遅れたお礼を述べさせていただきたい。貴重な資料を本当にありがとう御座いました。




  << previous | next >>